「旬の日本酒」カテゴリーアーカイブ

旧暦の五月過ぎたに雨やまず

山川光男|厳しい夏を涼しくする奴

山川光男と俳句旧暦6月となる7月21日にもなれば、この五月雨もやむだろうと思っていたが、甘かった。7月になって陽光を浴びたか?
地球温暖化や環境の変化というのは、次の投資先を確保するための投資家の方便だと思っていたが、どうやらそうでもないようだ。たしかに、ここ数年の日本の夏は狂っている。しかも、今年はコロナ禍も重なり散々だ。
まあ、オリンピックが延期になったことは、この国に集結する人々にとっては幸いしたかもしれない。このような中でオリンピックを決行したなら、コロナ以上の死者が出ていてもおかしくはない。

因みに、芭蕉の時代と比較すると、東京の夏の気温は約3度上昇しているという。そういえば江戸時代の句は、現代ほどに暑さに言及したものはないように思える。そんな中、芭蕉に見えるのが

暑き日を海にいれたり最上川

1689年7月30日の酒田で詠まれたもの。ここには、かの有名なフェーン現象による暑さが詠みこまれている。
これは特殊な自然現象による高温だから、山形の夏は温暖化の影響を受けていないだろうと予想してみたが、違った。山形県でも、夏の平均気温は右肩上がり。100年前と比べて、約1度の上昇がみられる。

実はそんな中、山形の日本酒も上昇中。近年では十四代や出羽桜が奮闘し、吟醸先進県と呼ばれる。2016年には、都道府県別で初めて、山形県の日本酒が地理的表示(GI)に指定された。さらに、地域独特の取り組みも数多く存在し、中でも県内4蔵が共同して季節ごとに送り出す「山川光男」は、2016年にデビューするや、全国的な人気を誇る男前に成長した。
今年の夏は、山にも川にも行けそうにないから、こいつとゆっくり話すとしよう。

▶ 山川光男 2020なつ
▶ 松尾芭蕉
▶ 暑き日を海にいれたり最上川

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雨ニモマケズ

花の香|苦難にこそ香り立つもの

花の香またも熊本が襲われた。熊本地震では、あの赤酒がやられた。今回は球磨焼酎が、大きな痛手を受けていると聞く。日本酒党にとっても、九号酵母の故郷だけに、心配の種は尽きない。
そんな中、花の香酒造のホームページに、「営業再開」の文字を見てちょっと胸をなでおろす。

花の香は、明治35年に妙見神社所有の神田を譲り受けて酒造りを開始したという、由緒ある酒造。獺祭で修業した蔵元が送り出す日本酒は、盤清水という御神水と地元で自社栽培した米を用い、熊本の誇る9号酵母で醸し出される美味い酒。焼酎が幅を利かせる熊本にあってもその名は轟き、日本だけでなく、世界中の日本酒ファンを魅了している。
マケルナ熊本!

雨又も降りきし花火つゞけ打つ 星野立子

▶ 花の香
▶ 星野立子

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嫌われ者の夏

無風|知ればくせになる日本酒

無風「無風」と書いて「むかで」と読む。ラベルを見れば、手に取るのさえ躊躇われる酒。
出会いは場末の酒場。壁に貼られたメニューを目で追い、「むふう」と声を張り上げると出てきたのがコレ。もっきりで注がれた横に、店主が悪戯っぽく瓶を並べ、「もっと勉強しな」と笑ったのを覚えている。
しかし、どのようにしても「むかで」とは読めない。胸ポケットから取り出したペンで「百足虫」と書いて講釈を垂れると、店主は「同じじゃないか」と高笑い。「百足虫」だって、「むかで」とは発音できないと。さらに、

百足虫憎し一家の長の吾をさす

という百合山羽公の俳句を持ち出すものだから、こちらは何も言えなくなってしまった…日本酒無風

無風の夜は、あつかった。けれども、苛立ちの中で口にしたそれは意外---
「無風」のラベルは、前進しかできない百足虫にあやかり貼り付けられているという。その怪しい佇まいからは想像もできない奥深さをもつ酒。優しい甘さに満ちあふれた日本酒であった。

▶ 無風

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ときめきを求めて酒を飲む

山本 ドキドキ|寂しい夏におぼえた日本酒

山本ドキドキときめく夏が来なくなって久しい。日々仕事に追われ、ようやく一区切りつく週末に、遅くまで開けている居酒屋で酒を飲む。
そんな中、ひと夏に一度は注文するのがこの酒。はじめて出会った夏には、その怪しい出立に戸惑いを覚えたものだ。さらには、「セクスィー山本酵母が使われている」と胡乱な目で説明する店主を見て、耳が熱くなるのを感じてしまった。山本ドキドキ

この酒は、ハッキリ言って美味い。しかし、ふつうの美味さとは違う。そのセクスィーは、通常のものにはない独特の苦みを生み出し、それがついつい忘れられなくなる…
今年もまた、ドキドキを求めて暖簾をくぐる。こんな俳句を携えて。

くちびるに触れてとけせぬ花氷 (陰)

▶ 山本 純米吟醸 ドキドキ

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明日は夏草の日

富久長 KUSA|草の根の賛歌

富久長の草KUSA元禄2年5月13日、新暦ならば1689年6月29日に、奥州平泉であの名句が生まれた。奥の細道の途上、丁度500年前にここで果てた義経に思いを馳せ、

夏草や兵どもが夢の跡 松尾芭蕉

それから過ぎた時間は331年。その間に草は生い茂り、草の根でさえも夢を語れる時代となっている。
富久長の草KUSA
それを如実に物語る酒が、富久長の「草」。昨年封切られた映画「カンパイ!日本酒に恋した女たち」でクローズアップされた、今田酒造本店の女性杜氏の醸し出す日本酒である。共演者である「GEM by moto」の千葉麻里絵氏とのコラボレーションにより、軽みの中にも深みのある、まさに芭蕉句のような味わいを実現。
ここに使われている酒米が、八反草という復活米であるところもいい。吟醸仕込みの洗練された口当たりの中にも、古より絶えることのない、日本酒特有の野性味が感じられる。
このような日本酒があるうちは、地球が枯れることはないだろう。

きれいな花など咲かさなくてよい。一本の草が小さな命を育むように、存在するだけで何かになっている、それが感じられる時間が流れていて欲しい。

▶ 富久長 草KUSA

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雨後の月 月後の太陽

雨後の月|日食のために準備した酒

日本酒雨後の月天岩戸神話を日食に結び付け、それを卑弥呼の時代の混乱に関連付ける学者が存在し、日本人の大半はそれを信じているようである。しかし、こんなバカな話はない。現代の日本の歴史は、有史以前の暮らしを貶めることに終始。わずか2000年ほど前の我らの祖先は、未開人だったと言いたいらしい。(*)

文字の無い時代の神話は、かたちを変えることで変動する社会のバランスを取った。けれども、国の広がりとともに広範囲での約束が重視される時代になって、記憶を補うとともに、伝達を効率化する役割を担う文字が欠かせなくなり、重用されるものとなった。そうして神話は、アイデンティティを内外に知らしめるために文字化され、固定化されたのである。
けれども、そうして残されたものは、時が流れるにつれて矛盾を大きくし、人々の対立をあおることとなった。さらには、その傍から次々と現れる新たな文書に、人々は情報処理能力を失い、混乱を来すばかりとなってしまった。
日本酒雨後の月
社会を思い、ひとを思うなら、文書は伝達対象を明確にし、役割を終えた時点で廃棄すべきである。残される文字には、感動を保存する「詩」のかたちだけがあれば良い。

という端からも、これを文書に起こす己の未熟さ。今日の日食に備えて購入した「雨後の月」に、あとのことは語ってもらおう。

うさくさをうしろに捨てゝ夏の月 子規

* そもそも、天岩戸神話は日食の話ではない。天岩戸神話を日食に重ねるなら、日神アマテラスの隠処に、なぜ月神ツクヨミは登場しないのか?アマテラスの岩戸隠れの根本原因は、荒ぶる神スサノオである。これを何らかの自然現象のたとえ話であると捉えるなら、火山の噴火の方が余程説得力があるように思える。
因みに、日本書紀の中では、卑弥呼は神功皇后だとされている。

▶ 雨後の月

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対立の世界 そして混乱の時代

瀧自慢|世界の脳幹にしみ込んだ酒

日本酒瀧自慢コロナ以降大混乱に陥っている世界。首脳陣も混迷を極め、国家間・民族間・人種間…ありとあらゆるところで騙し合いの様相を呈してきた。
挙句の果てにG7拡大構想なども持ち上がっている。議論で解決する時代は終焉し、同朋を取り込んで他者を攻撃する時代に移り変わったということか。

思えば、伊勢志摩サミットが開催された2016年はまだよかった。和気藹々とした雰囲気で話し合われた中に、ただ、感染症対策が重要議題として挙がっていたことには、今さらながら驚かされるが。
あの頃は、全てがまだ他人事だった。感染症など途上国問題だととらえ、援助に重心があったように思う。蓋を開ければ、欺瞞の中に問題が生じ、先進国での広がりは爆発的だった。
実際に問題が生じて思うのは、施策とは偽善に満ちたものなのではないかということである。

果たして、コロナ禍に対しても、政治が本当に力を発揮したのかと考えると、疑問符が付く。各国の死者数と行動制限の間には、期待するほどの相関関係は認められない。むしろ政治は、コロナ禍を支持者集めに利用し、ナショナリズムを拡大させた。日本酒瀧自慢
そして、それに対峙するかのように結束を固めたリベラリズム。自由の定義を怠ったまま、反発を糧にして広がる個人本意の排斥運動にまた、言い知れぬ危機感を覚えてしまう。

ニュースに疲れた今、時間を巻き戻そうと、伊勢志摩サミットで振舞われた「瀧自慢」を取り寄せてみた。赤目の瀧をモチーフにしたその日本酒は軽快ながらも、滝のように体に響く。
あの時の乾杯酒は、ひとを酔わせるのには十分すぎる。そして、人間、美味すぎるものばかり選択していては駄目だということを身に染みて思う。
今朝は激しい二日酔い。昼を過ぎても治まらぬ頭痛に、迎え酒をチビチビやって宙を見る。
「飲むべきものは酒じゃない。爪の垢でこそある。」
明日はまた、違う風が吹くのであろうが…

あぢさゐや仕舞のつかぬ昼の酒 岩間乙二

▶ 瀧自慢

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昭和の薫りを親父へと

越乃寒梅 灑|古くて新しい幻の日本酒

日本酒越乃寒梅国策で「三倍醸造」の日本酒が幅を利かせていた昭和の時代、本来の酒造りを貫き通した骨ある酒が「越乃寒梅」である。妙な甘ったるさの残る巷の酒とは明らかに違う飲み口が評判となり、昭和30年代後半に大ブレーク。一般市民には手の届かないものとなり、幻の酒と呼ばれるようになっていた。
当時の薫りを保つ酒が「白ラベル」と呼ばれる普通酒である。新橋あたりを歩いていると、店の隅にさりげなく置かれているのを見かけたりする。値段も手ごろになっていて、1本100円の焼き鳥などと一緒に注文したりするのだが、その名を口にする時には流石に背筋が伸びる。昭和生まれの者にとっては、それほどまでの効力を持つ。
ただ、業界が大きく変化する中、不変のラインナップで構える越乃寒梅には、やや面白みに欠けるところがあったのも事実。日本酒を飲むことを目的とした日には、目の前に置かれても敬遠していた。

2016年6月17日、そんな越乃寒梅に待望の新商品が出た。「灑(さい)」のラベルが貼られた涼しげなボトル。実に45年ぶりの新作となるそれは、酒蔵に吹く新しい風を物語っていた。越乃寒梅
4年経った今でも、この時期になると「灑」を求める。どっしりとした伝統の味わいの中にも、現代に通じる軽みがある。それはあたかも芭蕉句のよう。まさに不易流行の酒。この日本酒を飲む時には、松尾芭蕉の

酒のみに語らんかゝる瀧の花

の句を認めた水色のコースターを使用する。

そう言えば、越乃寒梅をこよなく愛する親父が、今にも街に繰り出そうとしている。「コロナにやられたら命はないぞ」と脅しても馬耳東風。今、妙案を思いついた。この酒を贈ろう。父の日に託けて。

▶ 越乃寒梅 灑

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甘い汁に群がる季節

仙禽かぶとむし|少年時代がよみがえる

日本酒仙禽のかぶとむし先日、西日本新聞のネット版に、緑風氏の記事を見た。緑風氏は佐世保の人で、俳句に勤しみながら、この四月に九十四の天寿を全うしたと。そして現在、遺作に御親族がイラストをつけてツイッターに上げているのだと。
その緑風氏の俳句に、

老人に買われてゆきぬ甲虫

があった。何かと批判の声もあるカブトムシの売買ではあるが、この俳句には目から鱗である。あたたかな気持ちにさせてもらった。

さて、自分も先日「かぶとむし」を買った。こちらのかぶとむしは、駅前にいる。例年この時期に、カラフルな衣装をまとって現れる。仙禽かぶとむし
「仙禽かぶとむし」。ドメーヌ化の魁となった栃木の名門「せんきん」が醸し出す銘酒である。

コンクリートジャングルを飛び交ったあとは、この酒の甘さが、特に五臓にしみわたる。冷やしたグラスに軽く注いで、ドライフルーツと一緒にちびちび飲めば、少年時代にタイムスリップ。
一日が自然に流れたアナログ時代。夜になれば暗さがあって、様々な生物がうごめいた。そんな中、懐中電灯を片手に飛び出して、目星をつけた樹木をチェックする。そうして捕まえたカブトムシを持ち帰り、親に自慢しながらラムネを空ける。
仙禽のかぶとむしは、あの時のラムネに似ている。

▶ 仙禽かぶとむし

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ほろ酔えば風薫る

風の森|維新のこころを醸し出す日本酒

日本酒風の森鴨神で名高い高鴨神社の近くに、風の森峠がある。この峠は天誅組が陣を敷いた場所で、それに加わった伴林光平が「夕雲の所絶をいづる月を見む 風の森こそ近づきにけり」の和歌をのこしている。
奈良から和歌山方面に抜ける峠付近は、水稲栽培発祥地とも目されており、初夏には爽やかな風が吹き抜けるとともに、清らかな水音に包まれる。その水は、銘酒「風の森」となる稲穂を育てる。

「風の森」は、地元御所市に蔵を置く油長酒造が醸し出す酒。酒に油長(ゆうちょう)とは悠長な響きであるが、芭蕉が「御命講や油のような酒五升」とも詠んでいるように、濃厚な酒の旨さを、江戸時代には油に譬えることがあった。
その酒造名に表れるとおり、油長酒造は、時代に合った美味い酒を研鑽し続ける酒造である。この「風の森」は、日本酒風の森平成10年(1998年)にブランド化され、全量無濾過・無加水・純米・生酒・しぼり華(華やかな味わいにする搾り方)を徹底。さらに2018年2月からは業界に先駆け、そのフレッシュ感を生かすために一升瓶を廃止し、720㎖瓶のみになったことでも知られている。

そんな風の森の看板商品「秋津穂」は、一般の日本酒とは異なる特徴を有する。それは、酒米ではなく飯米として開発された米を使用しているところ。にもかかわらず、酒米の王とも称される山田錦にも劣らない、いや、むしろそれをも凌駕する味わいを実現。
グラスに注げば、生酒の特徴とも言える細かな泡が立ち、爽やかな香りが辺りに広がる。口に含めば、軽やかな甘みが濃厚な旨味を包み込み、抜群のキレでもって喉を潤す。

享保4年(1719年)創業の油長酒造。ここに生まれた酒は、維新の志士に決起を促したものだと思う。
吉田松陰もかつて風の森に佇み、「風雨蓑笠を侵し 残寒粟を肌に生ず 春半ば和洲の路 花柳未だ詩に入れず 独り行くいわんや生路 墨子たまたま岐に泣く」と詠じた。晩年5月24日の出立の時に、松陰が詠んだとされる秘められた恋の句に

一声をいかで忘れんほととぎす

があるが、口遊むたびに初夏の風の森が思い出される。
この酒は、爽やかなこの季節に飲むべきだ。風が駆け抜けるような味わいに、体と心が熱くなる。

▶ 風の森

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