甘い汁に群がる季節

仙禽かぶとむし|少年時代がよみがえる

日本酒仙禽のかぶとむし先日、西日本新聞のネット版に、緑風氏の記事を見た。緑風氏は佐世保の人で、俳句に勤しみながら、この四月に九十四の天寿を全うしたと。そして現在、遺作に御親族がイラストをつけてツイッターに上げているのだと。
その緑風氏の俳句に、

老人に買われてゆきぬ甲虫

があった。何かと批判の声もあるカブトムシの売買ではあるが、この俳句には目から鱗である。あたたかな気持ちにさせてもらった。

さて、自分も先日「かぶとむし」を買った。こちらのかぶとむしは、駅前にいる。例年この時期に、カラフルな衣装をまとって現れる。仙禽かぶとむし
「仙禽かぶとむし」。ドメーヌ化の魁となった栃木の名門「せんきん」が醸し出す銘酒である。

コンクリートジャングルを飛び交ったあとは、この酒の甘さが、特に五臓にしみわたる。冷やしたグラスに軽く注いで、ドライフルーツと一緒にちびちび飲めば、少年時代にタイムスリップ。
一日が自然に流れたアナログ時代。夜になれば暗さがあって、様々な生物がうごめいた。そんな中、懐中電灯を片手に飛び出して、目星をつけた樹木をチェックする。そうして捕まえたカブトムシを持ち帰り、親に自慢しながらラムネを空ける。
仙禽のかぶとむしは、あの時のラムネに似ている。

▶ 仙禽かぶとむし

日本一の人気酒

ほろ酔えば風薫る

風の森|維新のこころを醸し出す日本酒

日本酒風の森鴨神で名高い高鴨神社の近くに、風の森峠がある。この峠は天誅組が陣を敷いた場所で、それに加わった伴林光平が「夕雲の所絶をいづる月を見む 風の森こそ近づきにけり」の和歌をのこしている。
奈良から和歌山方面に抜ける峠付近は、水稲栽培発祥地とも目されており、初夏には爽やかな風が吹き抜けるとともに、清らかな水音に包まれる。その水は、銘酒「風の森」となる稲穂を育てる。

「風の森」は、地元御所市に蔵を置く油長酒造が醸し出す酒。酒に油長(ゆうちょう)とは悠長な響きであるが、芭蕉が「御命講や油のような酒五升」とも詠んでいるように、濃厚な酒の旨さを、江戸時代には油に譬えることがあった。
その酒造名に表れるとおり、油長酒造は、時代に合った美味い酒を研鑽し続ける酒造である。この「風の森」は、日本酒風の森平成10年(1998年)にブランド化され、全量無濾過・無加水・純米・生酒・しぼり華(華やかな味わいにする搾り方)を徹底。さらに2018年2月からは業界に先駆け、そのフレッシュ感を生かすために一升瓶を廃止し、720㎖瓶のみになったことでも知られている。

そんな風の森の看板商品「秋津穂」は、一般の日本酒とは異なる特徴を有する。それは、酒米ではなく飯米として開発された米を使用しているところ。にもかかわらず、酒米の王とも称される山田錦にも劣らない、いや、むしろそれをも凌駕する味わいを実現。
グラスに注げば、生酒の特徴とも言える細かな泡が立ち、爽やかな香りが辺りに広がる。口に含めば、軽やかな甘みが濃厚な旨味を包み込み、抜群のキレでもって喉を潤す。

享保4年(1719年)創業の油長酒造。ここに生まれた酒は、維新の志士に決起を促したものだと思う。
吉田松陰もかつて風の森に佇み、「風雨蓑笠を侵し 残寒粟を肌に生ず 春半ば和洲の路 花柳未だ詩に入れず 独り行くいわんや生路 墨子たまたま岐に泣く」と詠じた。晩年5月24日の出立の時に、松陰が詠んだとされる秘められた恋の句に

一声をいかで忘れんほととぎす

があるが、口遊むたびに初夏の風の森が思い出される。
この酒は、爽やかなこの季節に飲むべきだ。風が駆け抜けるような味わいに、体と心が熱くなる。

▶ 風の森

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夏が来れば思い出す日本酒

MIZUBASHO PURE|世界を相手にするため生ず

日本酒水芭蕉それほど大きな酒造ではないのだが、尾瀬の近くに蔵を構える永井酒造は、2017年の酒造業界を賑わせた。
2008年に瓶内二次発酵製法で MIZUBASHO PURE を生み出した蔵元は、2016年に「awa酒協会」を結成。2017年は、「awa酒」の認定がスタートしたのである。

「awa酒」とは、瓶内二次発酵を絶対条件とする発泡性日本酒のことで、認定を得るには、色味などの厳しい条件をクリアしなければならない。それまでも、発泡性日本酒には一定の需要があったが、ブランド化することにより、シャンパンに比肩する地位に上り詰めることを狙ったのである。
当時の日本酒業界は、需要減退に遭遇しながら、海外にチャンスを見出そうとしていた。と言っても、本格的に海外に進出するのではなく、海外における評価から国内需要を喚起するという方向性であった。日本酒水芭蕉
けれども、このawa酒協会設立の意気込みが、日本酒メーカーの意識を変化させた。今では多くのメーカーが日本酒の特徴ともいえる多彩な魅力をそれぞれに生かしながら、積極的に市場に打って出ている。市場の方でも、想像力豊かな日本酒が受け、海外においては、コンテストにおける日本酒部門の新設とともに、人気が急拡大しているのだと。

兎にも角にも、この日本酒「MIZUBASHO PURE」は革命の酒である。ボトルも世界を見据えたデザインを有しており、口に含めば、シャンパンに引けを取らない爽快感。まさに

水音のそこに生るる水芭蕉 稲畑汀子

の世界である。

水源に位置するこの日本酒。シャンパンの壁はまだまだ高くて分厚いが、流れ始めた勢いでもって、それを打ち崩すことができるものと信じてやまない。
いつしか世界の乾杯酒にならんことを!

▶ MIZUBASHO PURE

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旨い!妖怪の醸し出す日本酒

三芳菊|アマビエも日本酒造りに加わって

日本酒三芳菊四国の山中にある三好市は、鳥取境港と並ぶ妖怪たちの聖地である。ここに、三芳菊という風変わりな日本酒が生まれる。
初めて知ったのは、「残骸」という奇抜なラベルに彩られた奴だった。アニメチックな雰囲気を纏ったそれを、売れぬ商品の売名だろうと蔑視しながらも、店主の勧めるままに注文したことを覚えている。
口に運んだ時の衝撃は、今でも忘れない。フルーティーな日本酒といえば、通常は林檎やバナナや桃のようなものに例えられるが、しばらくは「何だ?」という混乱に陥った。
喉元を過ぎて余韻にひたる頃、体内に広がる温もりが柑橘の香を帯び始めた。その時悟った。これは、かの「時じくの香の木の実」であると。
時じくの香の木の実とは、古事記(垂仁記)に現れる不老不死の木の実である。それは橘であるとも言われ、たいへんな芳香を有していたと。

こんな、常識はずれの日本酒が生まれてくるのも、ここが様々な伝説に彩られた土地だからなのだろう。空海により結界の張られた場所に平家の落人が集い、独自の文化を育んだ。それは、魔のものとも交流する文化であった。日本酒三芳菊
三芳菊酒造のあるあたりには、数々の妖怪伝説が転がっている。特に有名なのは「子泣き爺」であるが、最近の世間の窮状に、各地から妖怪が集っているのかもしれない。その証拠に、最近「アマビエ」という日本酒が出た。
これも、人間の頭には理解し難いラベルが貼られているが、何でも「アマビエ」の札は、それ自体に病魔退散の効果があるという。

この闇の香に花蜜柑咲きしこと 稲畑汀子

▶ 三芳菊

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今年のウヅキはいつまで続く?

二兎|二兎追うものしか二兎を得ず

日本酒二兎この日本酒「二兎」のコンセプトは、「二兎追うものしか二兎を得ず」である。日本酒は、酒類の中で最も複雑な味わいを持つとも言えるが、その日本酒づくりには、狭量に陥らない幅広い視野が必要となる。
「二兎」は、相反する要素が複雑に絡み合い、絶妙のバランスの上に成り立っている。たとえばその旨み。旨みの勝った日本酒は、その酸味が抑えられてしまうものであるが、この日本酒は、口に含んだ時間の中で、旨味が酸味に変わりまた旨味へと変わりゆく面白みがある。
先日、二兎の丸石醸造では「純米大吟醸 雄町三十三 うすにごり生」の販売を開始した。二兎はまだ新しいブランドで、その責任者も、若さに溢れたパワフルな人物だと聞く。日本酒二兎それゆえか、新しい酒にはいつも、新鮮な驚きがついてくる。

さて、休みも中盤となったこの日。四合瓶を冷蔵庫から取り出し、透明なグラスに霞がかった液体を注ぎ込む。それは白兎を想わせ、晴れた空によく映える。
今日は、卯月に入って十一日目。今年は卯月がふたつある。つまり、閏四月のある年で、陰暦五月となるのは6月21日。二つめの兎を手に入れるのに、気が引けることもない有難さ。。。

散るものは散て気楽な卯月哉 正岡子規

▶ 二兎

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