酒の俳句|正岡子規

正岡子規が詠んだ酒の俳句

1899年のホトトギスには、正岡子規の酒にまつわる話が掲載される。友人に誘われて神保町に飲みに出たのはいいが、ラッキョを肴にして正宗を一合空けると、酔っぱらって苦しくなり、試験勉強ができなくなった。そのため、翌日のテストでは14点しかとれなかったということだ。酒の句は多いが、相当な下戸であった。
なお、晩年の「病牀六尺」には、子規の洞察力をうかがい知ることができる、下記のような記述がある。

日本酒がこの後西洋に沢山輸出せられるやうになるかどうかは一疑問である。西洋人に日本酒を飲ませて見ても、どうしても得飲まんさうぢや。これは西洋と日本と総ての物がその嗜好の違ふにつれてその趣味も異つてゐるやうに単に習慣の上より来て居るものとすれば、日本の名が世界に広まると共に、日本の正宗の瓶詰が巴里の食卓の上に並べられる日が来ぬとも限らぬ。しかしわれわれ下戸の経験を言ふて見ると、日本の国に生れて日本酒を嘗て見る機会はかなり多かつたにかかはらず、どうしてもその味が辛いやうな酸ぱいやうなヘンな味がして今にうまく飲む事が出来ぬ。これに反して西洋酒はシヤンパンは言ふまでもなく葡萄酒でもビールでもブランデーでもいくらか飲みやすい所があつて、日本酒のやうに変テコな味がしない。これは勿論下戸の説であるからこれでもつて酒の優劣を定めるといふのではないが、とにかく西洋酒よりも日本酒の方が飲みにくい味を持つてゐるといふ事は多少証明せられて居る。それでも日本酒好になると、何酒よりも日本酒が一番うまいと言ふことは殆ど上戸一般に声を揃へて言ふ所を見ると、その辛いやうな酸ぱいやうな所がその人らには甘く感ぜられるやうに出来て居るのに違ひない。西洋人といへども段々日本趣味に慣れて来る者は、日本酒を好むやうな好事家もいくらかは出来ぬ事はあるまいが、日本の清酒が何百万円といふほど輸出せられて、それがために酒の値と米の値とが非常に騰貴して、細民が困るといふやうな事は先づ近い将来においてはないといふてよからう。

酒のんで秋淋しがる一人哉
船頭の風に吹かるゝ新酒哉
竹立てゝ新酒の風の匂ひかな
桃酒や大事の大事の小盃
横波にゆさぶる船の新酒哉
灌仏や酒のみさうな顔はなし
あんどんは客の書きけり一夜酒
盃にちるや櫻の歸り花
だまされて子供のなくや一夜酒
新酒かけて見ばや祇王の墓の上
葡萄酒の徳利にいけん杜若
葡萄の美酒夜光の杯や唐の月
酒ものめぬ身となられしか魂祭
紅葉あり夕日の酒屋月の茶屋
里近し酒賣る家の菊の花
若党や松の木向て花見酒
草の戸や桜の鯛に桃の酒
豆腐屋も酒屋も近し梅の花
ふしか根の雪汁煮てや一夜酒
月と酒敵も味方もなかりけり
酒のんだ僧の後生やまんじゆ沙花
一里きて酒屋でふるふみのゝゆき
酒かひのあぜ道さがす吹雪哉
冷酒を飲み過しけり後の月
嚊殿に盃さすや菊の酒
喝士殿に盃さすや菊の酒
升のみの酒の雫や菊の花
屈原のはじめた名なり濁酒
白菊の花でこさばや濁り酒
山寺や酒のむ罪の蝿辷り
舟あつし船頭見えず一夜酒
ビール苦く葡萄酒渋し薔薇の花
酒のんで一日秋をわすれけり
乘合の馬車酒くさき殘暑かな
酒なしに肉くふ人や秋のくれ
居酒屋の喧嘩押し出す朧月
酒は桃鯛は桜を草の庵
蝿の舞ふ中に酒のむ車力哉
葉桜や冷酒あをる髯奴
ふるまはん深草殿に玉子酒
春風や女酒売る船の中
居酒屋へいでまゐらせん梅一枝
柳とは酒屋が前のものならし
都にも梅雨ありされど酒もあり
昼時に酒しひらるゝあつさ哉
屈原は下戸なりけらし菖蒲酒
酒も汁も膳は名月だらけ哉
名月の雨に酒のむ一人かな
桃酒やためしめでたき西王母
松風に甘酒さます出茶屋かな
松風に甘酒わかす出茶屋かな
松風の甘酒を吹く出茶屋哉
傾城の涙煮えけり玉子酒
猩々を巨燵へ呼ばん玉子酒
花を折る程には酔はす秋の草
知らぬ人に盃強ひる桜かな
詩僧あり酒僧あり梅の園城寺
酒船をつなぎとめたる柳哉
柳あり橋あり風の酒旗々
柳わけて居酒屋の門はひりけり
流れ行く大盃の落花哉
大根の鶴蕪の龜や酒九獻
親鳥のぬくめ心地や玉子酒
此瓶に蓮や生ん濁り酒
木槿咲く土手の人馬や酒田道
澁柿や酒屋の前のから車
村もあり酒屋もありて冬木立
三献の盃春の夜は更けぬ
冬枯や酒藏赤き村はづれ
微酔の足覚束な花菫
都にも冬ありされど酒もあり
花に酔ふた頭重たし春の雨
居酒屋に今年も暮れて面白や
牛つなぐ酒屋の門のしくれ哉
盃をのせて出したる団扇哉
酔ふて寝て夢に泣きけり山桜
草の戸や盃赤く菊白し
酒の荷のまつほと匂ふしくれ哉
雪の門叩けば酒の匂ひけり
風吹て酒さめやすし年わすれ
酒樽のそれより小さき若葉かな
酒盛らん月なくも夜は十三夜
交番やこゝにも一人花の酔
白酒の酔やひゝなに恨あり
新酒賣る家は小菊の莟かな
日の旗の杉葉に竝ぶ新酒哉
儒釋道屠蘇酒白酒濁リ酒
濁酒の頭に上る余寒哉
薄赤き顔並びけり桃の酒
梅さくや居酒屋の主発句よむ
狐啼いて新酒の醉のさめにけり
君今來ん新酒の燗のわき上る
竹の風新酒の醉はさめにけり
竹の風新酒の醉を吹きにけり
有様は酒のみに来て花の宿
花の寺濁酒売の這入けり
有りやうは酒のみに来て花盛
酒売の夏山こゆる車哉
酒売の夏川こえて岡越えて
曲水の詩や盃に遅れたる
原中や酒売いこふ蝿の声
花なくと銭なくと只酒あらば
燕や酒蔵つづく灘伊丹
散る花に又酒酌まん二三人
花に酔ふた頭重たし春の風
うき世とは下戸の嘘也花に酒
たまはるや大盃の菊の酒
三日月のうつらで寒し濁酒
菊咲くや舟漕いで童子酒買ひに
行く春の酒をたまはる陣屋哉
行く春の二藍の衣酒しみたり
雛もなし男ばかりの桃の酒
花に寝て顔うつ露や酔のさめ
濁り酒木蘭いくさより歸る
月酒に醉ふ我はた月に醉ふて舞ふ
ひとり酔ふて物謡ひ出す団扇哉
紅葉焼く法師は知らず酒の燗
蘆の穗や酒屋へ上る道一つ
吾は寝ん君高楼の花に酔へ
酒あり飯あり十有一人秋の暮
十六夜や又酒のみの言ひ草に
思ふこと新酒に醉ふてしまひけり
此花に酒千斛とつもりけり
居酒屋の窓に梨咲く薄月夜
雪の跡さては酒屋か豆腐屋か
一枝の花おもさうや酒の酔
寝ころんで酔のさめたる卯月哉
ふたぬいて月のかけくむ新酒哉
わらんべの酒買ひに行く落葉哉
牡丹剪て十日の酔のさめにけり
牡丹剪つて二日の酔のさめにけり
叱られて酔のさめたる花見かな
草の戸や雜煮の夜明酒の暮
居酒屋に馬繋ぎけり春の月
人を見ん桜は酒の肴なり
芋はあれど酒なし月を如何せん
拜領の盃屠蘇を飲み初めぬ
蕣の莟うれしや酒の燗
生酔の隣たゝくや春の月
埋火や斗酒を藏して我を俟つ
居酒屋の窓に梨さく夕月夜
一杯に下戸の酔ひたる花見哉
一杯に下戸の酔ひたる桜かな
風吹て馬酔木花散る門も哉
団扇取つて廊下舞ひ出る酒興かな
二三匹馬繋ぎたる新酒かな
恋かあらぬ春の山ぶみ酔ひ心
鴨は見るばかり味噌汁酒の燗
新酒酌むは中山寺の僧どもか
菊も咲きぬ新酒盗みに來ませ君
葬禮の崩れや新酒のむ月夜
更に一杯の新酒を盡せ路遠し
花の酔さめずと申せ司人
大将の酔ふておくるゝ花見かな
桜々帰りは酔ふて白拍子
酒冷す清水に近く小店あり
蚊遣して酒たけなは也小盗人
新酒あり馬鹿貝を得つ野の小店
つぐ酒のこほれぬ程や舟のゆれ
酒に酔ひて照射すべき夜を寝過しぬ
酒好の昼から飲むや百日紅
木の蔭に酒飲んで居る月の人
酒載せて月にたゝよふ小舟哉
魚釣り得て酒買ひに行く蘆の花
魚を得て酒買ひに行く蘆の花
虚子を待つ松蕈鮓に酒二合
虚子を待つ松蕈鮓や酒二合
酒さめて楓橋の夢霜の鐘
兜脱げ酒ふるまはん鬢の箱
土器に花のひツつく神酒哉
甘酒の甘きをにくむ我下戸ぞ
酒保閉て灯戸を漏る城の月
吉原の燈籠見による酒の醉
我病で新酒の債をはたらるゝ
煮凍につめたき腹や酒の燗
酒を煮る男も弟子の発句つくり
剣に舞へば蝋燭寒き酒宴かな
寒けれど酒もあり温泉もある處
高樓や月に酒酌み詩を吟ず
花ちらちら島田の男酒を呑む
茶屋もなく酒屋も見えず花一木
夕月や又此宿も酒わろし
悪僧の評議をこらす新酒かな
傾城の息酒くさし夕桜
うき人の新酒勸めついなみあへず
年忘酒泉の太守鼓打つ
煙草盡きて酒さめぬ獨り火鉢に倚る
切に誡む海鼠に酒をのむ勿れ
病人に酒しふる春の名残哉
葡萄酒の蜂の広告や一頁
老車夫の汗を憐む酒手哉
柑子咲く酒屋の門や繩簾
駕舁や紅葉は焚かす茶碗酒
芋くふて不平を鳴らす酒の醉
芋の用意酒の用意や人遲し
栂尾や紅葉にかゝるこぼれ酒
月更くる庭の小草や酒の露
駕かきのすき腹に飲む新酒哉
駕に揺る新酒の醉や眠くなる
年忘橙剥いて酒酌まん
松生けて冬枯時の酒宴哉
酒くさき衣干す春の月夜哉
白酒の酔やひゝなに恨あり
雛の前に娘四五人酒を酌む
君に侑む酒に儷しや蚊の屍
酒臭き車夫の昼ねや蝿の中
旅籠屋にひとり酒のむ秋の暮
いく秋の酒のほまれや日本號
酒酣に落花を坎て剣に舞ふ
馬叱る新酒の醉や頬冠
お菊見や酒をたまはる供の者
胡瓜生節善き酒ありて俗ならず
禁酒して茶の道に入る柚味噌哉
冷酒や柚味噌を炙る古火桶
善き酒を吝む主やひしこ漬
酒載せてたゝよふ舟の月見哉
稍醉ひし月の酒宴や握飯
年忘一斗の酒を盡しけり
尋常に水祝はれん酒の醉
蓬莱に一斗の酒を盡しけり
若き時は酒ものみしが春の宵
茶の土瓶酒の土瓶や芋團子
風引の若き主や卵酒
春雨にふられて居るや酔心
けふはまだ知らぬ桜を二日酔
春の夜の酒に更けしも昔哉
そゝろありく朧月夜や酒の酔
文君の酒屋ありける柳哉
韮剪つて酒借りに行く隣哉
霜の蟹や玉壺の酒の底濁り
蟹を得たり新年會の殘り酒
蟹を得つ新年會の殘り酒
醉蟹や新年會の殘り酒
酒買ふて酒屋の菊をもらひけり
鼾声雷ノ如シ蚊にくはれ居る酔倒れ
磊落は新酒を偸む事にあらず
拜領の盃屠蘇を飲み初めぬ
記者會す天長節の菊の酒
酒濁れり蘭の詩を書く琴の裏
新酒や鳴雪翁の三オンス
新酒賣る亭主が虎の話哉
新酒賣る亭主の髯や水滸傳
屠蘇くむや下戸大盃をとりあげて
小便して新酒の醉の醒め易き
行水の後の夕餉や養老酒
酒を断つ土用の入や氷餅
甘酒の釜の光や昔店
甘酒も飴湯も同じ樹陰かな
酒のあらたならんよりは蕎麥のあらたなれ
曲水や盃の舟筆の棹
曲水やよどみに迷ふ小盃
酒買ひにどこへ行きしぞ菊の花
馬鹿貝の名をなつかしみ新酒哉
弓掛けし朱貴が酒屋や蘆の花
泥に酔ふて赤子のまねを鳴く蛙
雨の菊酒酌む門の馬もなし
酒を賣る紅葉の茶屋に妖女あり
甘酒や蟇口探る小僧二人
人の親の甘酒売を呼びにけり
盃にすくふてのむや春の水
行く春ややぶれかぶれの迎酒
生酔のもつれこんたる柳哉
酒薄き車力の嘆や春の雪
居酒屋によらで過ぎ行く燕かな
藤活けて酒をさしたるきほひかな
味噌つくる余り麹や一夜酒
明月ヤ枝豆ノ林酒ノ池
芋アリ豆アリ女房ニ酒ヲネダリケリ
世のうさや新酒飲み習ふきのふけふ
居酒屋に新酒の友を得たりけり
新酒三盃天高く風髪を吹く
竹立てゝ門に新酒と記しけり
たまさかの君に新酒を參らせん
月高し新酒賣る家は猶一里
酒を煮る男も弟子の発句よみ
新川の酒腐りけり鮓の蓼
かせ引の妻よ夫よ玉子酒
鮟鱇鍋女房に酒をすゝめけり

正岡子規ゆかりの日本酒

【獺祭】
獺祭書屋主人と号した正岡子規に因む日本酒は、今や世界中で人気となり、一番売れる純米大吟醸酒となった。
【子規の里】
正岡家の本拠地である風早の焼酎。愛媛の銘酒・雪雀の吟醸粕が原料となっている。