雨後の月 月後の太陽

雨後の月|日食のために準備した酒

日本酒雨後の月天岩戸神話を日食に結び付け、それを卑弥呼の時代の混乱に関連付ける学者が存在し、日本人の大半はそれを信じているようである。しかし、こんなバカな話はない。現代の日本の歴史は、有史以前の暮らしを貶めることに終始。わずか2000年ほど前の我らの祖先は、未開人だったと言いたいらしい。(*)

文字の無い時代の神話は、かたちを変えることで変動する社会のバランスを取った。けれども、国の広がりとともに広範囲での約束が重視される時代になって、記憶を補うとともに、伝達を効率化する役割を担う文字が欠かせなくなり、重用されるものとなった。そうして神話は、アイデンティティを内外に知らしめるために文字化され、固定化されたのである。
けれども、そうして残されたものは、時が流れるにつれて矛盾を大きくし、人々の対立をあおることとなった。さらには、その傍から次々と現れる新たな文書に、人々は情報処理能力を失い、混乱を来すばかりとなってしまった。
日本酒雨後の月
社会を思い、ひとを思うなら、文書は伝達対象を明確にし、役割を終えた時点で廃棄すべきである。残される文字には、感動を保存する「詩」のかたちだけがあれば良い。

という端からも、これを文書に起こす己の未熟さ。今日の日食に備えて購入した「雨後の月」に、あとのことは語ってもらおう。

うさくさをうしろに捨てゝ夏の月 子規

* そもそも、天岩戸神話は日食の話ではない。天岩戸神話を日食に重ねるなら、日神アマテラスの隠処に、なぜ月神ツクヨミは登場しないのか?アマテラスの岩戸隠れの根本原因は、荒ぶる神スサノオである。これを何らかの自然現象のたとえ話であると捉えるなら、火山の噴火の方が余程説得力があるように思える。
因みに、日本書紀の中では、卑弥呼は神功皇后だとされている。

▶ 雨後の月

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