「一杯、いかがですか?」
そう差し出されたのは、透明なガラスの徳利に注がれた、透き通った日本酒でした。その名も「神の池」。一口含むと、清冽でまろやかな口当たり、ふわりと米の旨味が立ち上ります。するりと喉を通り過ぎた後には、まるで名水が体にしみわたるような、爽やかな余韻が残りました。
この「神の池」という名前に惹かれ、ラベルをよく見てみると、そこには「みたらしのいけ名水仕込 鹿島神宮献上酒」とあります。まさにその名の通り、鹿島神宮の聖なる水で醸された日本酒だったのです。
「神の池」を育む、鹿島神宮の霊泉「御手洗池」
鹿島神宮の御手洗池。この名前を聞いたことがありますか? 鹿島神宮を訪れたことがある人なら、その神秘的な美しさに心を奪われたことでしょう。鬱蒼とした森の中にひっそりと佇むその池は、どんなに日照りが続いても枯れることなく、常に澄み切った水を湛えているといいます。そして、湧き出る水量は決して変わることがありません。まさに「尽きることのない命の水」を思わせる、神聖な泉なのです。
この御手洗池は、古くから鹿島七不思議の一つに数え上げられる霊泉です。その昔、鹿島神宮へ参拝する人々は、まずこの池で身を清めてから本殿へと向かいました。大寒には、男たちが厳寒の中、この池に入って禊を行い、心身を清める伝統行事も行われています。それほどまでに、この池は人々にとって特別な意味を持つ場所なのです。
想像してみてください。この神聖な御手洗池の水を仕込み水として使ったのが、私が口にした「神の池」という日本酒なのです。ただ美味しいだけでなく、その一杯には、鹿島神宮の長い歴史と、そこを訪れる人々の信仰心が凝縮されているように感じられました。酒造りにおいて、水は命。その命の源が鹿島神宮の御手洗池であると知って、私はこのお酒に、さらに深い魅力を感じずにはいられませんでした。
「神の池」の聖地、鹿島神宮:全国の鹿島神社の総本社
「神の池」のある鹿島神宮は、単なる由緒ある神社ではありません。全国に約600社ある鹿島神社の総本社であり、日本建国・武道の神様である武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)をお祀りする、まさしく日本の聖地の一つなのです。
創建は、なんと初代神武天皇が即位されたとされる紀元前660年。想像を絶するほど古く、その歴史の重みに圧倒されます。古くから朝廷からの崇敬も篤く、伊勢の神宮、香取神宮と共に「神宮」の称号を持つ特別な存在でありました。
鹿島神宮は、武道の神様としてだけでなく、勝利、厄除け、開運、縁結びなど、様々なご利益があるとされ、多くの人々がそのご神徳を求めて訪れます。私も「神の池」を味わったことで、鹿島神宮への興味が日に日に高まり、やがてその地を訪れることを決意しました。
鹿島神宮への誘い:神秘と力に満ちた参拝の旅へ
いざ、鹿島神宮へ。都心から車で約1時間半。電車でも特急でアクセスできる鹿島神宮は、日帰りでも十分にその神威を感じられる場所です。東京駅からだと、高速バスも便利です。
広大な境内は、豊かな緑に包まれ、一歩足を踏み入れると、ひんやりとした清らかな空気に包まれます。まず目に飛び込んでくるのは、堂々とした大鳥居。その威厳ある姿は、まさに神域への入口にふさわしいものです。
参道を進むと、樹齢数百年の杉の巨木が立ち並ぶ荘厳な雰囲気に圧倒されます。そして拝殿が見えてきます。現在の本殿は、徳川家康によって造営されたもので、国宝に指定されています。その重厚な造りは、鹿島神宮の歴史と格式を物語っています。静かに手を合わせ、日々の感謝とささやかな願いを伝えます。武道の神様らしく、勝負事や新しい挑戦を始める前に訪れる人も多いと聞きます。
本殿の脇には、まっすぐに伸びた杉並木がどこまでも続く奥参道があります。その静寂な空間は、訪れる人々に深い安らぎと神聖な気持ちを与えてくれます。この参道を歩くだけで、心が洗われるような感覚に陥ります。
そして、その奥参道をさらに進むと、ついに現れるのが、あの御手洗池です。澄み切った水面は、周囲の木々を鏡のように映し出し、言葉を失うほどの美しさです。池のほとりに立つと、底から湧き上がる水が、水面に小さな波紋を広げているのが見えます。この場所こそ、「神の池」の源となる霊泉。手水舎とはまた違った、身体の芯から清められるような感覚が味わえます。
ところで鹿島神宮には、他にも見どころが満載です。
- 【要石(かなめいし)】地震を起こす大鯰を押さえつけているという伝説の石です。地面にほんのわずかしか顔を出していませんが、その底知れない力に触れてみてください。なぜか、温かく感じる人もいるとか。
- 【鹿園(ろくえん)】鹿島神宮の神の使いとされる鹿たちが飼育されています。可愛らしい姿に癒されることでしょう。人懐っこい鹿たちに、鹿せんべいをあげることもできますよ。
- 【宝物館】国宝の直刀「布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)」をはじめ、貴重な文化財が展示されています。日本の武道の歴史に興味がある方には、特におすすめの場所です。
鹿島神宮の参拝は、単なる観光ではありませんでした。古くから続く信仰の歴史を感じ、自然の神秘に触れ、そして何よりも自分自身の心と向き合う、特別な体験となりました。心身ともに清められ、新たな活力が湧いてくるのが感じられました。
「神の池」という一本の日本酒から始まった鹿島神宮への興味は、今や私の中で大きな探求心へと変わっていきました。清らかな水が織りなす日本酒の味わい。それが聖なる御手洗池の水から生まれたものであることを知った時、鹿島神宮はただの神社ではなく、生命の源が息づく、より神聖な場所として私の中に深く刻み込まれたのです。
鹿島神宮での参拝を終え、心ゆくまで神聖な空気を味わったその夜、私は再び「神の池」を手に取りました。今日一日、このお酒の源となる地を訪れ、その神聖な水に触れたことで、一杯の重みがさらに増したように感じます。静かにグラスを傾けると、聖なる地での素晴らしい出会いが心を潤します。そして私は、感謝を込めて呟くのです―――「乾杯!」と。 (2025年7月 G.Nita)
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画像は上から
1)鹿島神宮の祭壇に並べられた「神の池」の樽
2)鹿島神宮の霊泉「御手洗池」
3)鹿島神宮の奥参道
4)鹿島神宮本殿
5)要石前にある武甕槌大神のモニュメント