「日本酒」タグアーカイブ

日本人の季節感を問う

チカーラ|夏の到来を告げるイタリアの蝉

三井の寿と俳句長い梅雨が明けると同時に猛暑の日々が始まり、朝から大音響で蝉が鳴く。特に、このごろ関東でも勢力を拡大しているクマゼミの鳴き声は、もはや公害級である。芭蕉も、この蝉の声を聴いては「岩にしみ入る」とは詠めなかったであろう。
そんな蝉の鳴き声を聞きながら眠た目をこすり、何気なく思ったのは、日本人の季節感のいい加減さ。夏の季語となる「蝉」は、立秋も過ぎて生き生きと鳴く。対して、秋の季語の「蜩」は、五月雨降る薄暗がりにカナカナと鳴く。

日本人は季節感を大切にするというが、そこに生じるのは観念が投影した季節。起承転結に対応させるように春夏秋冬を置き、その概念に呼応する事物を拾い上げるか、もしくは、そこに存在する事物にその概念を押し込んだ。結果、日本人は季節を愛でるようにはなったが、その感覚はどこか歪んでしまっている。
三井の寿と俳句
それに立ち向かったのが正岡子規。正岡子規の写生論は、単に文芸の一分野における挑戦ではなく、日本人の現実を無視した意識に、変革を促すものだったのではないかと思う。
が、子規の奮闘にかかわらず、今でも歳時記をめくると「???」がたくさん並ぶ。旧暦の時代にあってさえ二十四節気とのずれが生じていたのに、明治の改暦を経て、どうにも収拾がつかなくなってしまった。
今さら書き換えよと言っても無駄であろう。梅雨の最中に蜩が鳴いても、その声の聞こえる範囲は秋なのである。そんな矛盾に悩んでしまった時には、うまい酒を呷るに限る。

福岡の名門「三井の寿」で生まれる「Cicala」は、「チカーラ」と読み、イタリア語で「蝉」を指す。夏の限定酒として出荷され、ほどよいリンゴ酸の渋みが涼を呼ぶ。盃を重ねるほどに、おおいなる力(ちかーら)を与えてくれる旨酒である。
けれども、酔い伏して目覚める朝に秋を知る…

蜩や一日一日をなきへらす 子規

▶ 三井の寿 夏純吟 Cicala

▶ 蝉(末成歳時記)
▶ 蜩(末成歳時記)

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朝顔を龍にした俳人と蕎麦

栄光冨士|思いがけずも夢中になった朝顔ラベル

栄光富士と俳句梅雨は明けたが8月の空。はやも朝顔が咲き、次の季節を匂わせる。
今年の立秋は8月7日。昨日は、ようやく現れた晩夏の太陽を浴びながら、往く夏を惜しんだ。場所は雑司ヶ谷の法明寺。ここに、「蕣塚(あさがおづか)」と呼ばれるものがある。
蕣塚は、朝顔の彫金で有名だった戸張富久の句に、酒井抱一の朝顔が入った石碑。今は注目する人も少なく、境内の植え込みの中にひっそりと佇んでいる。
戸張富久は元祖藪蕎麦とも目される人物で、晩年には「喜惣次」と称し雑司ヶ谷に蕎麦屋を営み、酒井抱一や大田南畝といった当時の文化人との交流を深めていた。栄光富士と俳句
ただ、蕎麦の評価は微妙である。大田南畝は、「見渡せば麦の青葉に藪のそば きつね狸もここへ喜惣次」と歌っているものの、汁が悪いものだから蕎麦汁を持参して食べに行く者がいたとか。

富久の店はもうないが、名店「藪」にあやかる店は数多い。昨夜はそのひとつで、栄光富士の朝顔ラベルという酒を飲んだ。アテは夏蕎麦。蔓のように箸にまとわりつく麺を流し込めば、心の中に花開く。思わず調子に乗りすぎて、酔いをさますに一苦労。主人に水をもらって、「朝顔に心とられてもらい水」。
ところで、蕣塚の句は

蕣や久理可羅龍のやさすがた

朝顔を、不動明王の剣に巻き付く龍に見立てたものだ。ただ、境内に朝顔を見つけられなかったことは残念であった。

▶ 栄光冨士 朝顔ラベル

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雨ニモマケズ

花の香|苦難にこそ香り立つもの

花の香またも熊本が襲われた。熊本地震では、あの赤酒がやられた。今回は球磨焼酎が、大きな痛手を受けていると聞く。日本酒党にとっても、九号酵母の故郷だけに、心配の種は尽きない。
そんな中、花の香酒造のホームページに、「営業再開」の文字を見てちょっと胸をなでおろす。

花の香は、明治35年に妙見神社所有の神田を譲り受けて酒造りを開始したという、由緒ある酒造。獺祭で修業した蔵元が送り出す日本酒は、盤清水という御神水と地元で自社栽培した米を用い、熊本の誇る9号酵母で醸し出される美味い酒。焼酎が幅を利かせる熊本にあってもその名は轟き、日本だけでなく、世界中の日本酒ファンを魅了している。
マケルナ熊本!

雨又も降りきし花火つゞけ打つ 星野立子

▶ 花の香
▶ 星野立子

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嫌われ者の夏

無風|知ればくせになる日本酒

無風「無風」と書いて「むかで」と読む。ラベルを見れば、手に取るのさえ躊躇われる酒。
出会いは場末の酒場。壁に貼られたメニューを目で追い、「むふう」と声を張り上げると出てきたのがコレ。もっきりで注がれた横に、店主が悪戯っぽく瓶を並べ、「もっと勉強しな」と笑ったのを覚えている。
しかし、どのようにしても「むかで」とは読めない。胸ポケットから取り出したペンで「百足虫」と書いて講釈を垂れると、店主は「同じじゃないか」と高笑い。「百足虫」だって、「むかで」とは発音できないと。さらに、

百足虫憎し一家の長の吾をさす

という百合山羽公の俳句を持ち出すものだから、こちらは何も言えなくなってしまった…日本酒無風

無風の夜は、あつかった。けれども、苛立ちの中で口にしたそれは意外---
「無風」のラベルは、前進しかできない百足虫にあやかり貼り付けられているという。その怪しい佇まいからは想像もできない奥深さをもつ酒。優しい甘さに満ちあふれた日本酒であった。

▶ 無風

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