酒の俳句|井上井月

井上井月が詠んだ酒の俳句

乞食井月と呼ばれた放浪の人。無口な人間であったが、酒を愛し、酒を飲めば賞讃から謝辞にいたるまで全て「千両千両」で応えたという。楽しみながら飲んで、すぐに泥酔するような人物で、酒に強くはなかった。挙句、寝込んで大小垂れ流し、時には路傍に転がった。最後は、瀕死の状態で田圃に倒れていたのを発見され、焼酎に口をつけて眠るように死んでいったという。
種田山頭火に、「井月の墓前にて」の前書きで、「お墓したしくお酒をそゝぐ」の句がある。芥川龍之介には、「井月ぢや酒もて参れ鮎の鮨」「井月の瓢は何処へ暮の秋」の俳句がある。

盃洗に散影うつる桜かな
きゝ分る酒も花まつたよりかな
きゝ酒の心もとなき残暑かな
きゝ酒に小首かたげる残暑かな
雪の日や酒の機嫌を訪に寄る
酒さめて千鳥のまこときくきく夜かな
翌日しらぬ身の楽しみや花に酒
酔てみな思ひ思ひや月今宵
初空を心に酒をくむ日かな
初雪や小半酒も花ごゝろ
酒ありと云ふ迄もなし花の宿
酒桶の底ほす日なり梅の散る
酒となる間の手もちなき寒さ哉
朝酒に夢判断や花の宿
鴫鳴くや酒も油もなき庵
屠蘇と声かけて手間とる勝手かな
屠蘇酌むや梅も薺も目のさかな
屠蘇の座や立まはる児の姉らしき
盃の用意も見ゆる雑煮膳
気に取て雑煮半や小盃
酒を売る家に灯はなし遠砧
酒を売家ははや寝て遠砧
酒の香の立ちそふものや初霞
酒蔵のけぶりもつゞけはつ霞
初松魚酒に四の五の云はせぬぞ
時鳥酒だ四の五の言はさぬぞ
豆腐屋も酒屋も遠し時鳥
水味き酒の寄特や時鳥
行秋や酒沢山を小たのしみ
酒好きの取持顔や蛭子講
下戸の座の笑ひ小さし蛭子講
下戸ならぬこそよけれとや夷講
下戸ならぬ取もち顔や夷講
酒に利水は流れて梅白し
春の日や小半酒も花心
酒取の裏道を行さくら哉
重づめに泡盛酒や若葉蔭
酒といふ延齢丹や冬籠
酒の座を皆ちりぢりや盆の月
盃に請て目出たし初日影
肴から酒をもとめて冬の月
豊の明り桧垣の茶屋のもん日かな
目覚ましに試みるなり麻地酒
盆ごゝろ祭り心や麻地酒
上もなき手向なるらん麻地酒
酔醒や夜明に近き雁の声
雪散るや酒屋の壁の裏返し
石菖や焼酎店の明け放し
ときめきし炮ろく蒸しや菊の酒
梅が香や雑煮なかばの小盃
梅が香や封切をまたす小盃
盃の封切や梅の匂ふ時
人毎に酒振舞や梅長者
村酒に客もてなすや今年蕎麦
下戸達に野をもたれけり桃の酒
早稲酒や店も勝手も人だらけ
早稲酒や自慢につるす杉の枝
早稲酒も半ら肩持つ祭かな
早稲酒や難波長者の笑ひ声
早稲酒に誉めそやされつ旅角力
早稲酒や自慢せぬ間に誉めらるゝ
早稲酒や朝市ひけし肴河岸
早稲酒やくれ振りさへも早や噂
早稲酒や人の噂も其の当座
よき酒のある噂なり冬の梅
霜の菊酒かもす家の暖かさ
白菊や闇にかくれのなき酒屋
祝儀など囉ふもみゆる煮酒かな
不沙汰した人も寄合ふ煮酒哉
年頭の間が違て煮酒の日
夏菊や霧吹いて書く酒筵
酒好の家にも出来て柏もち
傾城の朝酒たしむ紅葉かな
紅葉見に又も借らるゝ瓢かな
山笑ふ日や放れ家の小酒盛
杉の葉も自慢ごゝろやことし酒
取越て米の祝や今年酒
味はひは水にかなうて今年酒
善しあしは客の儘なり今年酒
親椀につぎ零しけり今年酒
飲み喰ひの心に合ふや年忘れ
乞食にも食にも投盃や花の山
座の興に投盃や梅香る
河豚汁や女だてらの茶碗酒
冷えて飲む酒に味あり蝉の声
相伴の聟に飲み勝つ新酒かな
新酒とも云はずに古酒の著し
貯ひし古酒に直をもつ新酒かな
孫六の切あじ談る新酒かな
老松も友鶴もあり古酒新酒
よき声のすなり酒屋の酒番目
餅も酒も皆新米の手柄かな
正宗と三本杉や古酒新酒
別れ端のきげむ直しや玉子酒
觴に受けて芽出たし初日影
朝酒や馬の日祝ふ蚕棚
酒袋洗ふや梅の散る夕
淡雪や軒に干したる酒袋
耕した背戸田眺めつ菖蒲酒
一踊りして来て酒の未だぬくし
袴着や酒になる間の座の締り
正月や下戸の来てさへ酒を出す

井上井月ゆかりの日本酒

【越の井月】
かつて、井上井月の故郷である新潟県長岡市の酒造・栃倉酒造が、井月にあやかり醸造していた。現在では見られなくなった。