降り注ぐ太陽が、アスファルトを熱くする8月。蝉の声が降り注ぐ中、つい冷たいビールや爽やかなカクテルに手が伸びがちです。しかし、こんな季節だからこそ、あえてゆっくりと日本酒を傾け、心静かに音楽に耳を澄ませてみるのも良いものです。
今日、私が個人的に深く心に響く「日本酒と音楽」の組み合わせとして選んだのは、奄美民謡の唄者、朝崎郁恵さんの「おぼくり ええうみ」です。そして、この深く美しい歌声に寄り添うお酒として、吉川醸造の「雨降(あふり) umi」を静かに味わってみました。
奄美の祈り、大地の歌「おぼくり ええうみ」
朝崎郁恵さんの「おぼくり ええうみ」は、奄美大島に古くから伝わる島唄です。タイトルの「おぼくり」は「ありがとう」、「ええうみ」は「いい海」を意味するとされています。この歌は、五穀豊穣や大漁を神に祈る、感謝と祈りの歌です。朝崎さんの歌声は、天から降り注ぐ光や、海から湧き上がる生命力そのものを表現しているように感じられます。
独特のヴィブラートと、大地に根差したような力強い節回しは、聴く人の心に直接語りかけるような力を持っています。目を閉じれば、エメラルドグリーンの海、白い砂浜、サトウキビ畑のざわめきが目に浮かびます。奄美の海の美しさは、広く知られる沖縄の海にも決して劣らない、いや、それ以上に深遠な魅力があると感じます。静かで、どこか神秘的で、生命力に溢れたその景色が、この歌声には宿っているのです。
この歌の魅力は、単なる民謡を超えた、普遍的な「祈り」の美しさにあります。感謝すること、自然を敬うこと、そして生きる喜び。それらの大切な感情が、魂を揺さぶる歌声に凝縮されています。夏の暑さで疲れた心身を、静かに癒してくれるような、そんな不思議な力が「おぼくり ええうみ」には宿っているのです。
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南の島の海を映す日本酒「雨降 umi」
朝崎さんの歌声に寄り添うべく選んだ日本酒は、神奈川県伊勢原市の吉川醸造が醸す「雨降 umi」です。
吉川醸造は、神奈川県の名峰・大山(別名:雨降山)を水源とする清らかな水と、厳選された米で酒を醸しています。その中でも「雨降 umi」は、蔵元の直営店である「日本酒スタンド 雨降」が、奄美と同じ南西諸島の石垣島にオープンしたことを記念して造られた、特別な一本です。
このお酒の魅力は、その名前の通り「umi(海)」を思わせる、複雑で奥深い味わいです。口に含むと、まるで南の島の海を思わせるような、透明感がありながらも、どこか力強いミネラル感を感じることができます。そして、爽やかな酸味と、果実のような甘みがバランス良く広がり、最後には心地よい余韻が残るのです。
通常の日本酒とは一線を画す、南国を思わせる穏やかながらも力強い香りは、自然豊かな南西諸島の文化に敬意を表しているかのようです。日本酒の伝統的な手法を守りつつも、新たな挑戦を続ける蔵元の心意気が感じられます。
二つの音が重なり合う至福の時間
「おぼくり ええうみ」を聴きながら「雨降 umi」を一口飲む。この組み合わせは、単なるBGMと食事のマリアージュを超えた、特別な体験をもたらしてくれます。
朝崎さんの歌声が、遠い南の島から聞こえてくる波音のようだとしたら、「雨降 umi」は、その波の輝きを瓶に閉じ込めたかのよう。透明感と奥行きのある歌声と、ミネラル感と旨味が重なり合う酒の味わいは、見事な調和を生み出してくれます。
お酒をゆっくりとグラスに注ぎ、まずその香りを確かめます。そして、耳元で朝崎さんの歌声が流れ始めたら、目を閉じてゆっくりと一口。舌の上で広がる「雨降 umi」の複雑な旨味が「おぼくり ええうみ」の響きに絡み、夏の暑さで乾いた心と身体を静かに潤してくれるのです。まるで奄美の海岸に立ち、夕暮れの海を眺めているような、そんな感覚です。
8月という季節は、多くの人にとって忙しく、体力も消耗しがちな時期です。そんな時にこそ、五感を刺激する、そして心を落ち着かせてくれるような体験が私には必要です。朝崎郁恵さんの歌声は、自分自身と向き合う時間を与えてくれます。「雨降 umi」はその時間を、海のような深さと広さで包み込んでいきます。そして気付けば、涼しい朝が待っているのです…