夏目漱石が詠んだ酒の俳句
夏目漱石は下戸であった。1909年(明治42年)1月9日の「国民新聞」に、
わたしは上戸党のほうじゃありません。一杯飲んでもまっかになるくらいですから、とうてい酒のおつきあいはできません。たいていの宴会にも出ないほうです。酒を飲んで、気分の変わる人は、なんだかけんのんに思われてしようがない。いつかロンドンにいる時分、浅井さんといっしょに、とある料理屋で、たったビール一杯飲んだのですが、たいへんまっかになって、顔がほてって町中を歩くことができず、ずいぷん困りました。日本では、酒を飲んでまっかになると、景気がつくとか、上きげんだとか言いますが、西洋ではまったく鼻つまみですからね。
と寄せている。また、1914年(大正3年)3月22日の「大阪朝日新聞」には、
酒は飲まぬ。日本酒一杯位は美味いと思うが、二三杯でもう飲めなくなる。
と記す。
嵐山光三郎の文人悪食には、「何か喰いたい」と訴えた後、葡萄酒一匙を口にして亡くなったと書かれている。
白菊に酌むべき酒も候はず
ある時は新酒に酔て悔多き
酔過ぎて新酒の色や虚子の顔
頓首して新酒門内に許されず
御名残の新酒とならば戴かん
新酒売る家ありて茸の名所哉
憂いあり新酒の酔に托すべく
憂ひあらば此酒に酔へ菊の主
黄菊白菊酒中の天地貧ならず
屠蘇なくて酔はざる春や覚束な
甘からぬ屠蘇や旅なる酔心地
蝙蝠や賊の酒呑む古館
醸し得たる一斗の酒や家二軒
白牡丹李白が顔に崩れけり
飲むこと一斗白菊折つて舞はん哉
菊の香や晋の高士は酒が好き
兵ものに酒ふるまはん菊の花
或夜夢に雛娶りけり白い酒
酒菰の泥に氷るや石蕗の花
酒醒て梅白き夜の冴返る
貧といへど酒飲みやすし君が春
酒なくて詩なくて月の静かさよ
明月や無筆なれども酒は呑む